無と空
「無」は西欧の概念である。
そして、否定的、拒否の概念である。
いくつもの例がある。
・西欧の小説は一人称、意識の流れ、個人を中心としたものが多い。
また、自然物の叙述は少ない。
主人公の死をもって、大団円となることは少ない。
・ロマンシズムは「無=死」を恐れる。
・トリチエリーが「真空」を示したときは、当時の人々は大変驚いた。
・ローマ数字とギリシャ数字には「ゼロ」はない。
要するに、西洋的、白人は「無=死」を恐れている。
「空(くう)」は東洋の概念である。
西洋的な否定の側面はない。
空は世界のすべての基礎を支える原子論的な概念である。
いくつもの例がある。
・自然主義の小説には人間を自然の一部とみなす叙述が無数にある。
日本の短歌、俳句などは良い例だろう。
・極めつけは般若心経の「空即是色、色即是空」だと思う。
世界の根底は無根拠の「空」であり、だからこそ人間は自由に生きられる。
空はあらゆるものに変化する。(空即是色)
しかし、その根底は空である。(色即是空)
執着はかまわない、しかし、執着は空であることを知っていなければならない。
西欧的な「無」は人間中心主義の現れである。しかし、行き過ぎに陥ることがある。
東洋的な「空」は積極的な「空」である。
「空」を自覚しているから、世界のすべてを飲み込んで生きることができる。
西洋と東洋の中間の中東でソロモン王は伝道の書で、
「空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。(伝道者の書1:2〜3)」
とうたった。
死をもふくめて「空」を自覚しているから、積極的に生きることができる。
以上